パナソニック、指先の触覚に反応するロボットAI「T-Rex」を共同開発:両手作業の成功率65%で世界最高水準
ロボットが人の手のように繊細な作業をこなす日が、また一歩近づきました。パナソニック ホールディングスは2026年11月5日、指先の触覚に即座に反応しながら器用な両手作業を行うロボット操作AI「T-Rex」を共同開発したと発表しました。卵を割らずに移し替えたり、薄いカードを引き出したりといった、人間なら当たり前にできる作業を、ロボットがこれまでよりはるかに高い精度でこなせるようになったといいます。開発にはカリフォルニア大学バークレー校やNVIDIA、スタンフォード大学なども参加しており、成果は2026年11月9日からアメリカのオースティンで開かれるロボット学習の国際会議CoRLで発表されます。
指先の感覚が、ロボットの動きを変える
人が薄いカードを引き出すときや、鍵を差し込んで回すとき、私たちは目で見るだけでなく、指先で感じる力や滑り、物の変形に合わせて動きを瞬時に調整しています。ロボットにとって、この調整は長年の難題でした。従来のロボット操作AIは主にカメラ映像に頼っており、触覚の情報を使う場合でも、静的なデータとして扱うことが多かったため、細かな力加減や接触の変化が求められる作業には対応しづらかったのです。
さらに、触覚を含む大規模な学習データが乏しいことや、視覚と言語の処理は比較的ゆっくりなのに対し、触覚への反応には高速な制御が必要だという、処理速度の隔たりも課題でした。T-Rexはこの二つの問題に真正面から取り組みました。
T-Rexの正式名称はTactile-Reactive Dexterous Manipulation、つまり「触覚反応型の器用な操作」です。カメラ映像と自然言語の指示からロボットの動作を生み出すVLAモデルに、指先の触覚情報を組み合わせた仕組みで、接触状態の変化に応じて動作をリアルタイムで補正します。目で見て考える部分と、指先で感じて修正する部分を一つのモデルに統合した点が大きな特徴です。
5Hzの思考と20Hzの修正を一つのモデルに
T-Rexの仕組みは、二つの異なる速さの処理を組み合わせています。視覚と言語を処理する動作生成モジュールは約5Hz、つまり1秒に5回のペースで動作の大枠を作ります。一方、触覚を処理する動作修正モジュールは約20Hz、1秒に20回のペースで接触状態を捉え、動作を細かく補正します。
この二段構えにより、遅延の大きい画像認識を毎回やり直すことなく、接触中の滑りや押し込みすぎに素早く対応できます。人間でいえば、全体の動きを頭で考えながら、指先の感覚で微調整を続けるようなイメージです。
学習データの規模も注目に値します。研究チームは200種類を超える日用品と22種類の基本動作を組み合わせ、7,700件以上、合計100時間におよぶ両手ロボット操作データを収集しました。各データには頭部と手首のカメラ映像、ロボットの状態と動作、10本の指先に付けた触覚センサーが捉えた力と変形の情報、自然言語の指示が同期して記録されています。
さらにT-Rexは、まず22,889時間分もの人の一人称視点映像から幅広い視覚と動作の知識を学び、次に触覚付きのデータでロボット特有の接触動作を学び、最後に作業ごとに約100件の実演データで微調整するという三段階の学習を行いました。
12の作業で平均成功率65%、従来手法を30ポイント上回る
評価は、ページめくり、卵の移し替え、歯磨き粉の塗布、鍵開け、カードの取り出し、電球のねじ込みなど、接触を伴う12種類の実環境タスクで行われました。その結果、T-Rexは平均成功率65%を達成し、それまで最も高性能とされてきた比較手法の35%を30ポイント上回りました。パナソニックHDはこれを世界最高性能としています。
触覚情報の効果を示す比較も興味深い結果です。触覚情報を除いた場合、平均成功率は42%にとどまりました。つまり、同じモデルでも触覚と高速な反応の仕組みがあるかどうかで、成功率が23ポイントも変わるということです。触覚がロボットの器用さにどれだけ直結するかが、数字ではっきりと示された形です。
もちろん、65%という数字は裏を返せば、3回に1回は失敗するという意味でもあります。研究段階の技術であることは間違いなく、家庭や工場で日常的に使える水準には、まだ改良の余地があります。それでも、従来手法のほぼ2倍に近い成功率を記録したことは、この分野の進み方を大きく変える可能性があります。
工場や物流の現場で期待される使い道
パナソニックHDは今後、この技術を製造現場での部品の挿入や取り外し、ねじ締め、物流現場での柔軟な物や壊れやすい物品の取り扱いなどに応用することを目指しています。いずれも細かな力加減や接触状態に応じた調整が必要な作業で、従来のロボットでは扱いが難しかった分野です。
こうした作業をロボットが支援できるようになれば、現場で働く人の負担軽減や、深刻化する労働力不足の緩和につながると期待されています。日本の製造業や物流業界にとって、人手不足は長年の課題であり、人の手先の感覚を再現する技術は、その解決策の一つになり得ます。
共同研究の顔ぶれも、この技術への期待の大きさを物語ります。パナソニックHDとパナソニックR&Dカンパニーオブアメリカに加え、カリフォルニア大学バークレー校、NVIDIA、スタンフォード大学、ローマ・ラ・サピエンツァ大学、ItalAIの研究者が参加しました。企業の研究部門と世界のトップ大学、半導体大手が組む体制は、フィジカルAIと呼ばれる身体を持つAIの分野で、競争が世界規模で激しくなっていることを示しています。
論文はarXivで公開されており、プロジェクトのウェブページも用意されています。研究の詳細に関心のある読者は、そちらで確認できます。
ロボットが「感じる」時代の始まり
T-Rexが示したのは、ロボットにとって見ることと同じくらい、触ることが大切だという、ある意味で当たり前の事実です。カメラとAIの進化でロボットは周囲をよく見えるようになりましたが、物に触れた瞬間の感覚がなければ、繊細な作業はできません。指先のセンサーと高速な修正を組み合わせた今回の成果は、その欠けていた部分を埋める一歩です。
発表は研究成果の段階であり、製品化の時期はまだ示されていません。ただ、工場や物流の現場で求められる作業は、まさにT-Rexが得意とする分野です。今後の実証が進めば、私たちの身の回りの物作りや荷物の扱い方が、静かに変わっていくかもしれません。
Frequently Asked Questions
T-Rexとはどのような技術ですか
T-RexはパナソニックHDなどが共同開発したロボット操作AIで、正式名称はTactile-Reactive Dexterous Manipulationです。カメラ映像と自然言語の指示から動作を生み出すVLAモデルに、指先の触覚情報を統合し、接触状態の変化に応じて動作をリアルタイムで補正します。視覚と言語の処理は約5Hz、触覚による修正は約20Hzで行われます。
どれくらい器用に作業ができるのですか
ページめくり、卵の移し替え、歯磨き粉の塗布、鍵開け、カードの取り出し、電球のねじ込みなど12種類の実環境タスクで評価した結果、平均成功率65%を達成しました。従来最も高性能だった比較手法の35%を30ポイント上回り、パナソニックHDは世界最高性能としています。触覚情報を除くと成功率は42%にとどまるため、触覚の効果が大きいことが分かります。
いつ、どこで使われるようになるのですか
現時点では研究成果の段階で、製品化の時期は発表されていません。パナソニックHDは製造現場での部品の挿入や取り外し、ねじ締め、物流現場での柔軟な物や壊れやすい物品の取り扱いへの応用を目指しています。研究成果は2026年11月9日から12日までアメリカのオースティンで開かれるロボット学習の国際会議CoRLで発表され、論文はarXivで公開されています。



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